降りくるもののなかで - とばり(世田谷パブリックシアター)2011/02/04 23:15:22

降りくるもののなかで - とばり(世田谷パブリックシアター)


今宵は、事務所の近所にある世田谷パブリックシアターで、山海塾の「降りくるもののなかで - とばり」を観る。

舞台上には、大きな漆黒の楕円上の板のようなものがポツリとある。

全ての照明が落ち、完全なる闇の中から独りずつスポットを静かに浴びながら順次登場。

舞台背景と舞台上の楕円には多数の星が輝き、舞台上の舞踏手がまるで宙に浮いているかのような錯覚に陥る。観ている側も妙な浮遊感が共感出来て何だか心地よい。

たまには、何も考えずにボーっと観るのもありだと思います。

05 Fiesta de Tambor Yuka - ユカドラムの祝祭2011/02/05 23:46:01

05 Fiesta de Tambor Yuka - ユカドラムの祝祭


 16世紀半ばからキューバの東部地域へ入植した多様なグループには、カナリア諸島から家族とともに入植し耕作に従事した者や、砂糖キビ農園やコーヒー農園での労働に従事させられた多数の奴隷がいた。18世紀には、カナリア植民者によって独占的に栽培されたブエルタバホ葉巻の品質が認められ入植は一層進んだ。そしてフランス人の入植とともにコーヒー栽培も盛んになり農業技術も向上し、砂糖の生産もさらに大きく発達した。それらに伴い奴隷の需要も増え、より多くのコンゴ人奴隷が連れて来られた。彼らは、その強靭な体力と忍耐力をもって厳しい肉体労働に従事した。

 1886年に奴隷制度が廃止され、その後の独立戦争が終わると、これらのコンゴ人グループは国内の入植によって減少し、いくつかのグループがヌエバ・フィリピーナ(現在のピニャール・デル・リオ)の山間部に残るばかりとなった。ここで彼らは小さな村々を作り、近隣の地域で農業や製造業に携わった。

 密林の交通の便の良くない辺鄙な土地にもかかわらず、彼らは日曜ごとに、植民時代に奴隷小屋で始まった習慣であるユカドラムの祝祭の為に集まった。このピニャール・デル・リオ州の社会は、以下の2つの点によって特徴づけられるものであった。州の特に中心部から西部に密集してはいたが、全ての自治都市のメンバー間の民族統一と移民者間の交流により生まれた相互関係にある。この団結は、競争心をくすぐる祭式の特性によるものであり、各コミュニティーから集まったソリストが饗宴の中で自讃の唄により相手をからかったり、または非難するといったものであった。

 異なる移民グループ間の経済と社会の接合と共存関係により、今日に至るまでその踊りと音楽は、比較的広範囲の地域に渡ってあまり変化する事なく残った。これは他の地域には見られない事である。この祭礼に関して、ピニャール・デル・リオと他州のコンゴ人グループの発達の最も顕著な違いのひとつは、カビルドなどの組織の不在に他ならない。なぜならこれは誰もが参加する事のできる世俗的なもので、カビルドやその他宗教団体に所属する必要がなかったからである。オルティスは、植民時代からあった祝祭の禁止により地方への転換が起こったと指摘している。他の専門家たちもまた同様に、この禁令が遠隔地での存続に繋がったと述べている。

 研究者メルセデス・パチェーコは数年前、”Atlas de la Cultura Popular Tradicional”を作っていた学術グループの前で、エル・グゥアヤボという地域の祝祭を再現した。その場は枝で装飾され、広い地域から伝統を知る者たちが招かれユカドラムの祝祭がいくつか録画/録音された。The Comision provincial del Atlas(現在のCentro de Cultura Comunitaria)は今日に至るまで、この団体の活動への参加を続けている。

 エル・グゥアヤボでの収録は、EGREM(レコード会社)の技術チームによって行われた。監修は、音楽学者マリア・テレサ・リナレス。その他、レコーディングエンジニア、技術助手、カメラマン、そしてICAIC(キューバ映画芸術産業庁)による遠隔操作装置を用いた効果の為にトラックドライバーも集められた。録音機材は、NAGRAのものが使用された。ピニャール・デル・リオ州の”Direccion de Cultura”はミュージシャンを招集し、上は100歳になる元奴隷の息子から、下は彼にcantos de puya(相手をからかい自らを誇る内容の唄)を習わなければならない若い世代までが参加した。即席で再現されたこの収録の演奏で使われたドラムは、彼らが長い間使用してきた古いものである。

 ユカドラムの祝祭は、仲間うちのカジュアルな集いで、アグアルディエンテ(初回の蒸留で得られたラム酒:一番絞り)を飲み、グァバの枝でローストした豚肉を食べ、踊り、唄い、そしてその激しく攻撃的な様子からgallos(雄鶏)と呼ばれるソリスト同士のコンテストが行われる。Baile de yukaは、キューバ全土で見られるバントゥー族由来の世俗的な祝祭の踊りである。これに似た踊りには、baile de makuta(マクータドラムで踊られるマクータダンス)、baile de mani(ピーナツダンス)、そしてルンバの古い形であるlas tahonasがある。

 ユカドラムのアンサンブルは、3つの片面皮のドラムから構成され、それらは通常アボカドやアーモンドといった芯が柔らかい木をくり抜き、1本の木からサイズの異なる3つのドラムが手作業で作られる。太く長い部分(約1.5m)からはカハが作られる。残りの部分からは中小のそれぞれムラ、カチンボと呼ばれるドラムが作られる。予め水漬け、なめし、伸ばし等の処理をされた円形の牛皮を広い開口部の方へ釘留めるする。その際には、灯心の火の熱で張りや音の調整がなされる。

 カハ奏者は、両手首にmaraquitas de guira cimarrona(ンケンビと呼ばれる瓢箪の実から作られた小さなマラカス)をつける。他の奏者は、ブリキで覆われた、ドラムの底部を撥で叩く。これはグゥアグゥアと呼ばれる。カハには即興演奏と「話す」という役割があり、変則的なリズムでダンサーのステップと掛け合う。ムラとカチンボは、よりリズムを維持する役割があるが、これはルンバの様な他ののアフロキューバのアンサンブルと同様である。その為、これらはトゥンバ、トゥンバドール、またはリャマドール(もしくはタホーナ)とも呼ばれる。イディオフォノ(金属製の打楽器)も必須であり、これは鋤刃や鍬刃(guataca)を鉄製の撥で叩く。他にはマリンブラ(木琴の一種)またはボティーハ(丸型の土瓶)、グィロ(中空の瓢箪の外側のギザギザを擦って鳴らす楽器)、そして田舎のソンのアンサンブルに由来すると思われるマラカスがある。

 ユカの踊りはルンバの様に、男女ペアで恋愛沙汰をベースに向かい合って踊る。踊りには、ロンキードとカンパネーロという2つの特徴的なステップがあげられる。ロンキード(いびき)は、横から連続して踏むステップで、後に前方へ進んでいく。カンパネーロは、男性がパートナーと向かい合い、腰や手を激しく揺らし、床に対して八の字を描くように踊る。カハのビートやllames(呼びかけ)は、踊りのガイド役になる。これはルンバ同様ドラムのリズムとダンサーの呼応との密接な関係がそこに存在するからである。

 唄はソロとコーラスによる短いモチーフと、通常高音から低音へ移行する装飾的なフレーズから構成される。ソリスト(Galloともいう)は、歴史や神話の一説をモチーフとして即興的に唄い、後にコーラスがそれを反復して唄う。

 バントゥー族の言語や方言はほぼ完全に消滅し、コンゴ族の言葉の一部が残るのみとなったが、これらにもその語義としての機能を失ったものもある。歌詞は、奴隷として連れて来られた祖先が話していたアフリカ訛りのスペイン語やヨルバ語、エフィク語、もしくは後にキューバの口語となったスペイン語のcalóで作られる。歌詞のリズムと表現には、コンゴの特徴が見られる。メッセージやPuyas(相手をからかい自らを誇る内容の唄)は謎めいたニュアンスが特徴的であるため、包括的な意味もまた不可解である。Puyasや自讃の唄は踊りの優れたスキルや優れた魔力を示すためのものである。

 唄は通常他のソリスト(Galloともいう)が、別の唄で”arrebate el canto”(唄を盗む事)によって遮らない限りは続けられる。これには、彼らの愉快な様子や笑いが音楽と踊りに付随する。

 この収録では個々に唄、議論、ドラムのビート、100歳の男が古来の唄を唄い始めてソリスト(Galloともいう)が彼に続いて唄っている曲、そして祝祭の喧騒を録音した。この音源からユカの明るい性質や健全な喜びを認めることができるだろう。

 収録は1978年3月24日にピニャール・デル・リオのルイス・ラソの丘にあるエル・グゥアヤボにて、地元のグループにより行われた。彼らは、ドラム演奏とコーラスを伴う唄を交代しながら演奏した。

ペルフェクト・リヴェラ・カラバリョ 98歳(リードボーカル)
アルマンド・カバレロ 78歳(農業従事者)
ドミンゴ・バリオス・イ・リオス 53歳(ソリスト)
ルイス・バルデス 61歳(農業従事者)
アリピオ・リベラ・イグレシアス (農業従事者)
ファウスティーノ・リベラ・イグレシアス (農業従事者)
フアン・リベラ・チャコン 32歳(農業従事者)


■ 収録曲

1. ユカドラムのソロと唄 3:23
2. 祝祭とリフレイン 15:00
3. Gavilan pollero 5:00
4. Ma Lutgarda 4:30
5. Llora, llora Magdalena 5:00


Antología de la música afrocubana.
Liner notes by María Teresa Linares. EGREM. col.0011.



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※ 本ブログは、ブックレットの和訳とブログへの掲載についてMaria Teresa Linares Savio女史より許可を戴いています。不許複製、転載不可。

06 Fiesta de Bembe - ベンベの祝祭2011/02/06 14:57:20

06 Fiesta de Bembe - ベンベの祝祭


 我々の活動目的のひとつは、キューバ全土に渡って現在もなお活発に行われているアフリカ発祥の民族文化の保存である。

 なかでも、ヨルバやルクミ発祥のものは、島の西部地域において大きな重要性を持つ。そこはスペイン植民時代の間続いた経済的事情からアフリカ民族の奴隷が数多く見られた地域だったのだが、幸運なことに現在もなお彼らの文化、とりわけ音楽における多くの特徴が連綿と受け継がれている。

 ヨルバの音楽文化は、宗教と深いつながりがある。儀礼の音楽はバタドラムで演奏される。世俗的なものはguirosかabwes、そしてベンベドラムで演奏されるが、特定の場合にはバタも組み合わせて用いられる。

 ベンベは祝祭や踊り、そして音楽の名称でもある。これらに宗教的特性はないものの、サンテリアの慣習の延長と位置づけられる。なぜならこの音楽や唄は、これを享受している教導者もしくは信者たちによって、ヨルバのオリシャへ捧げられているからである。

 ベンベは単なる娯楽か、またはサントの誕生日と呼ばれる信者がサントになった入信記念日を祝う場合に行われ、その様子が収録されている。

 ベンベドラムはその製作や取り扱いにおいてなんら儀礼的な扱いは必要とされないが、大切に保管され使用する前に調整される。

 製作地によって作り方も音も異なり、そこには異なるアフリカ民族の文化的要素の影響が見られる。

 ベンベドラムは3本で、Iya、obbata、そしてerunと呼ばれる。円筒形の片面皮で、皮は釘留めされているが、イエサの影響を受けたものは、両面皮で紐で張られている。胴はヤシ、アボカド、松またはアーモンドの幹で作られ、皮には牛や馬、またはラバが用いられる。

 今回収録した祭礼で使用されたドラムは、1952年製である。皮はアララのドラムの様に、胴の内側へ差し込まれる木製のガラバト(アボカドの木から作られたV字形のかすがい)によって張られている。この張り方は、修理時に鉄製のものに交換され、唯一erunのみ元来の方式が取られた。皮は牛皮が用いられている。

 木材はアボカド材が使われ、Iyaとobbataは樽板を用いて作られる。erunは1本の木をくり抜いて作られる。脚のついた開口部を下にして立てられる。Erunには他の2つのドラムのように脚がついていないが(元々は、他2つもついていなかった。)代わりにもう一枚皮がつけられている。

 ドラムは赤、青、白といった、属するグループの色が付けられる。Iyaは皮の縁に布とココナツの繊維で作られたmaribboの輪で装飾される。

 ベンベアンサンブルでは、aggogoまたはguataca(時にはazadaとも呼ばれる農具の鍬刃)が用いられる。男性のみが演奏を許されており、7人構成で楽器を替わりながら唄の長さに合わせて演奏する。

 Iyaドラムは即興演奏によって曲を始める。奏者は撥もしくは槊杖(さくじょう:銃などの火器を掃除したりするのに使う棒)を右手に持ち、左手は素手(掌)もしくは拳で叩く。

 唄の盛り上がりによっては、ドラムの縁を叩いたり、2本の撥で叩かれることもある。Iya奏者は立って演奏し、erunとobbataは座って演奏される。

 ドラムの並びは以下の様になる:

 Obbata(座奏)   Iya(立奏)   erun(座奏)   agogo(立奏)

 また、アンサンブルにはgalloという通常ヨルバ語を用い即興で唄うことが出来るソロシンガーと、祝祭の盛り上がりによって増えることもあるが8人編成の女性コーラスが入る。唄はコールアンドレスポンスの形式をとり、コーラスはソリストのフレーズを反復し呼応する。

 コーラスはドラムの前の中央で輪になって踊り、ソリストはその中に入るか、もしくは外側で唄う。全体の興奮に反応し、神が参加者に乗り移り始めると踊りも変わる。ベンベの踊りは非常にダイナミックで、絶え間なく曲が演奏されていくにつれ、その生命力に溢れた様子は次第に増してゆく。

 エレグアは儀式の始まりを司る神であり、また彼らが敬意を表するサンテーラが属するグループの統治者であることからベンベの最初に唄われる。

 その後、オヤとチャンゴーの唄が続くのだが、これは演奏やパフォーマンスにおいて、より良質であるが故に選ばれたとされる。さらにこれらの唄が演奏される間に祭礼は最高潮に達し、神の憑依のもとに倒れこむ参加者も出て演奏者や唄い手の気持ちをより昂らせる。

 ベンベの祝祭は地方でも都市部でも行われている。ここに収められているものは、1981年3月4日にマタンサス市のサラマンカ通りにて行われたものであり、我々がフィールドワーク中に招かれた時のものである。

 開始時刻PM 8:00、終了時刻AM 0:00

 バタドラムと奏者は、サンテーロのエウヘニオ・ラマール・デルガド “チューチョ”率いるNiloniyeのグループ ”Los hijos de Atocha”に所属する。


・ 演奏者:
  ヒルベルト・ミラレス・カルボ
  アルフレド・カルボ・ブリト
  レイナルド・アルメンダリ・ベルゴジャ
  オレステス・アルフォンソ・デルガド
  バルバロ・マス・ラマール
  モイセス・ウルティア・ルイス
  バルバロ・ルイス・チリノ・ミランダ
  ルイス・ラマール

・ ソロ歌手:
  オヤの唄 : マキシミナ・カジェ、エウヘニオ・ラマール ”チューチョ”
  チャンゴーの唄 : バルバロ・マス・ラマール


■ 収録曲

1. 祝祭より(一部)
2. 祝祭より(一部)


Antología de la música afrocubana.
Liner notes by María Teresa Linares. EGREM. col.0011.



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みんぱく2011/02/10 23:14:24

みんぱく


久しぶりに子供の頃から好きなみんぱく(国立民族学博物館:http://www.minpaku.ac.jp/)に行ってみた。

平日の昼間だったので、丁度小学生の社会見学とかち合ってしまい静かに観る事が出来ないので、館内のレストランで小ぶりの鶏肉のフォーなんかが付いたベトナムランチプレートのようなものを戴いてから再入場。小学生も帰ったようで、ほとんど誰もいないような状況で、博物館ほぼ独り占め状態。

音楽と言語展示フロアがリニューアルしたとのお知らせがあった通り、かなり展示物も入れ替わっていて、打楽器はそうでもなかったですが、弦楽器はかなり充実していました。

この博物館ビデオライブラリーや本格的な図書室なんかも併設されていて一日いても飽きません。

写真は、今回初めて眼にした見るからにパワーがありそうなコンゴのミンキシと呼ばれる呪術用の像。
間違ってもお土産に買って帰ったりしちゃいけませんね、この手は…
空港のセキュリティチェックで引っ掛かってカバンの中からコレが出てきたらきっと別室行きでしょう。

Los Instrumentos de la Musica Afrocubana2011/02/11 21:03:21

Los Instrumentos de la Musica Afrocubana


国立民族学博物館には、あまり知られてはいないのですが、文化人類学や民族学関連書籍を収蔵した大変立派な図書室(http://www.minpaku.ac.jp/library/)があり身分証明書などを提示すれば一般の人も利用する事が出来ます。

ということで、図書室受付横に設置されている情報検索端末で、未だお目にかかった事のないFernando Ortiz著 Los Instrumentos de la Musica Afrocubana(1952年刊)を情報検索端末で検索してみたらヒット。早速所蔵されている5層(5F)までエレベータで移動。温湿度管理された薄暗い本格的な書庫の奥の方にそれはありました。隅の方に用意されている閲覧スペースでチョッと拝見。

こんな貴重な本も帯出可って…

ヤッパリみんぱく、凄いと思います。